皐月賞馬ダイナコスモスとニッポーテイオーの対決が見たかった

牡馬クラシックの初戦、皐月賞を予想する

ダイナコスモスは1986年の皐月賞を制した馬としてとても有名ですが、種牡馬としてマイル界で大活躍することになるトロットサンダーを輩出したことでもおなじみです。ダイナコスモスは、福島で行われた新馬戦に出走し、デビュー戦こそ敗れたものの、その次のレースで勝利し、次でも連勝することでクラシック戦線に浮上します。朝日杯3歳ステークスではダイシンフブキの2着と惜敗し、翌年のクラシック戦線に挑むことになりました。 しかし、いまいち勝ちきることができず、年明けの京成杯では牝馬であり、同じ馬主でもあるダイナフェアリーの3着、弥生賞では朝日杯3歳ステークスで負けたダイシンフブキの前にまたも敗れ、2着という結果で惜しい競馬はするものの、決してクラシック戦線の主役ではないという評価をこの時点でされていました。この年の皐月賞は、世代最強と当時言われたダイシンフブキ、共同通信杯を制したダイナガリバー、そして脚部不安で満足した走りができないものの、その素質は随一と言われたアサヒエンペラーが人気を集め、ダイナコスモスはダイシンフブキに2度負けていることもあり、5番人気に甘んじることになりました。 本番では、中団でレースを進めたダイナコスモスが早目に先頭に躍り出ると後は他の馬を寄せ付けず、21頭中シンガリにいながら、最後の3ハロンで一気に位置を上げて追い込んできたフレッシュボイスをクビ差退ける勝ち方を見せて、1986年の皐月賞を制しました。日本ダービーでもこうした走りが期待されましたが、血統的に2400メートルは少し長く、5着を確保するのがやっと、ダービー馬としての栄誉は皐月賞で大敗したダイナガリバーに譲ることになり、そのダイナガリバーはこの年の有馬記念を勝つなど、2頭の馬主だった社台ファームの躍進のきっかけを作りました。 ダイナコスモスは、ダービー出走を果たさなかったり、ダービーで惨敗した馬が出走し、残念ダービーとも言われたラジオたんぱ賞に出走すると、斤量58キロながら皐月賞馬としての意地を見せ、後に天皇賞やマイルチャンピオンシップなど中距離界での絶対王者となるニッポーテイオーらを退ける勝利を見せました。血統面からマイル路線で秋は勝負することになっていた矢先、脚部不安を起こし、またダイナコスモスの父が外国に種牡馬として輸出されたことで早期に引退し、種牡馬入りしました。ひょっとしたらニッポーテイオーとのライバル関係で中距離界をもっと盛り上げた馬になったかもしれません。